片山安孝さんですが、兵庫県の副知事を辞職される事が決まりました。
片山安孝さんは、1960年6月2日生まれの年齢は64歳です。
学歴は、白陵高校・中央大学 法学部を卒業されています。
高校では剣道部に所属されていました。
大学卒業後は兵庫県庁に入り、人事畑を歴任されて来ました。
さらに、2021年4月には兵庫県信用保証協会理事長を務めています。
2021年9月21日には兵庫県副知事に就任されています。
当記事では、そんな片山安孝さんのwiki風プロフィールや経歴・学歴について書きました。
斎藤元彦さんのその他の情報についてはこちらです。
片山安孝のwiki風プロフィールは?
引用:株式会社兵庫新報
片山安孝さんのwiki風プロフィールですが
- 名前:片山安孝(かたやまやすたか)
- 生年月日:1960年6月2日生まれ
- 年齢:64歳
- 出身地:兵庫県高砂(たかさご)市
片山安孝さんの人柄について、株式会社兵庫新報にて
と書かれています。
片山安孝のwiki風学歴は?白陵高校・中央大学出身!
引用:白陵会
片山安孝さんの学歴ですが
出身高校は、白陵高校です。
高校時代は、剣道部に所属されていました。
1983年に中央大学 法学部を卒業されています。
白陵高校とは
- 兵庫県高砂市の私立高校
- 併設型の中高一貫教育校
- 偏差値は73(兵庫県で3位の学力)
- 毎年、東京大学・京都大学・大阪大学・神戸大学にそれぞれ数十人合格者を出してる進学校
- 千葉県知事の熊谷さんが出身
となります。
この事から、片山安孝さんは白陵中学出身の可能性があります。
片山安孝のwiki風経歴は?
引用:読売新聞
最後に、片山安孝さんの経歴を見て行きましょう。
兵庫県庁時代
大学卒業後に、兵庫県庁に入りました。
兵庫県入庁後に、総務部地方課などに勤務されました。
2005年から総務省公務員課課長補佐に2年間出向をされ、その後は人事課長・管理局長などの人事畑を歴任されています。
その後の経歴は
- 2012年、企画県民部管理局長
- 2016年、産業労働部長
- 2019年、公営企業管理者
さらに、西播磨県民局長を歴任されています。
産業労働部長時代に、議会の地場産業振興の質問時に
地場産業の振興に一番効果がございますのは、地場産品を購入すること。私自身も播州織のシャツを着て、スーツの襟に真珠を付けて、たつののレザーの財布と豊岡鞄を持って、長田のビジネスシューズを履いて出勤しているところでございます
引用:株式会社兵庫新報
と答え、喝采を受けました。
そして、2021年4月に兵庫県信用保証協会理事長を務め、中小企業支援をされて来ました。
亡くなった前県西播磨県民局長の男性職員は、片山安孝さんの部下でもありました。
仕事については
適切に業務を行ってくれたと思いますけども、当然、県民局長になっておりましたので、その業務はですね。一定の評価をしてるとこのようにお考え頂いたらいいと思います。
とコメントされています。
亡くなった事については
本当に残念で、痛恨の極みだ
引用:読売新聞
ともコメントされています。
副知事に就任
2021年9月21日に兵庫県副知事に就任されています。
副知事に選任された理由は
優れた調整力や職員を取りまとめるリーダーシップを発揮、県政全般に幅広い見識を有する
引用:株式会社兵庫新報
となり、片山安孝さんは
守るべきものを守り、支えるべきものは果敢に改める。職員の力を引き出し、斎藤知事を職員全体で支える。38年間勤務した県庁に恩返しをしたい
副知事への抱負を語っています。
兵庫県のサイトの「社員を応援・社会に貢献 『わたし』からアクション宣言にて」
毎日の心がけ
- 最初が肝心
- 相手の立場に立って考える
- 工夫の余地は必ずある
仕事のやり方
- 手戻りがないよう的確な指示
- 無駄な事はさっさと辞める
と言った事が書かれていました。
副知事を退職
片山安孝さんは、2024年7月末を持ち副知事を退職されます。
退職理由は
県政の停滞や混乱を招いた。責任を重く受け止めた
引用:毎日新聞
2024年6月上旬から片山安孝さんは副知事の辞任を考えていました。
元局長の人が亡くなった事と辞任との関係については
色々な事案事案の中で、判断する事の要素の1つである事は間違いと思いますが、ただ前からずっと考えてた中での最終的に4回+1ですから、5回目になって判断したと言う風に考えて頂いたらいいかと思っております。
とコメントされています。
さらに、斎藤知事に対し、計5回(6月の上旬に2回・7月に入ってから2回)、進退の進言されましたが、斎藤知事からは「任期を満了して頑張りたい」と返って来たそうです。
5回目の進言時の2024年7月11日に片山安孝さんは辞職の意思を伝えました。
2024年7月12日の記者会見では、片山安孝さんは
「なんであの知事を支えられなかったのか」と本当に私は悔しくて仕方がない
と涙ながらに話されていました。
さらに、同会見では斎藤知事の代わりに辞める訳ではない事も話されていました。
「政治家の進退は本人が決める。知事の代わりに辞めるのではない」と強調。
引用:毎日新聞
会見では副知事としての3年間を振り返り
当初は新型コロナ対応を全力で行い、フィールドパビリオン・公民連携・スポーツをいかした地域振興・奨学金の返済支援などによる若者の定着などに取り組み、知事のリーダーシップの元こうした政策は一定の評価を頂いてると思ってるそうです。
以上が、片山安孝さんに関する記事ですね。
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